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奈良地方裁判所 平成8年(ワ)574号 判決 2000年11月15日

甲・丙事件原告兼乙事件被告

大和交通株式会社

右代表者代表取締役

A

他2名

乙事件被告

B

C

D

右4名訴訟代理人弁護士

清水伸郎

河内保

小林裕明

玉越久義

甲・丙事件被告兼乙事件原告

カイナラタクシー労働組合

右代表者執行委員長

E

甲・丙事件被告兼乙事件原告

E

甲・丙事件被告

F

甲事件被告

G

乙事件原告

H

I

右甲事件被告ら(Gを除く)・丙事件被告ら及び乙事件原告ら5名

訴訟代理人弁護士

G

鈴木康隆

坂田宗彦

北岡秀晃

宮尾耕二

甲事件被告G訴訟代理人弁護士

北岡秀晃

宮尾耕二

鈴木康隆

坂田宗彦

吉田麓人

中村悟

石川元也

出田健一

藤木邦顕

徳永豪男

他267名

主文

一  甲事件について

1  被告カイナラタクシー労働組合及び同Eは各自原告に対し,金18万0043円及びこれに対する平成8年4月15日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告の被告カイナラタクシー労働組合及び同Eに対するその余の請求並びに同F,同Gに対する請求を棄却する。

3  訴訟費用は原告と被告カイナラタクシー労働組合,同Eらについて生じた費用はこれを20分し内15を原告の負担とし,その余を被告カイナラタクシー労働組合及び同Eらの各負担とし,被告F,同Gらについて生じた費用は原告の負担とする。

4  この判決の1項は仮に執行することができる。

二  乙事件について

1  被告大和交通株式会社は原告カイナラタクシー労働組合に対し金55万円及びこれに対する平成9年8月7日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を,同Eに対し金33万円及びこれに対する平成9年8月7日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  原告カイナラタクシー労働組合及び同Eの被告らに対するその余の請求及び同H及び同Iの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は原告カイナラタクシー労働組合,同E及び被告大和交通株式会社らについて生じた費用はこれを10分し内8を原告カイナラタクシー労働組合の,内1を被告Eの,その余を被告大和交通株式会社の各負担とし,原告H,同I及び被告B,同C,同Dらについて生じた費用は原告H及び同Iの各負担とする。

4  この判決の1項は仮に執行することができる。

三  丙事件について

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  甲事件

1  被告らは,原告に対し,各自金261万7516円及びこれに対する平成8年4月15日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

2  仮執行宣言

二  乙事件

1  被告らは,各自原告カイナラタクシー労働組合に対し金550万円・原告Eに対し金330万円,原告Hに対し金110万円,原告Iに対し金165万円及びこれらに対する訴状送達の日の翌日から各支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

2  仮執行宣言

三  丙事件

1  被告らは,原告に対し,連帯して金1100万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から各支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

2  仮執行宣言

第二事案の概要

【凡例】

当事者の呼称の略称

1  甲・丙事件原告兼乙事件被告大和交通株式会社……「会社」

2  乙事件被告B………………………………「B」

3  乙事件被告C………………………………「C」

4  乙事件被告D………………………………「D」

5  甲・丙事件被告兼乙事件原告カイナラタクシー労働組合……………………………「カイナラ労組」

6  甲・丙事件被告兼乙事件原告E…………「E」

7  甲・丙事件被告F…………………………「F」

8  乙事件原告H………………………………「H」

9  乙事件原告I………………………………「I」

10  甲事件被告G………………………………「G」

(甲事件)

本件甲事件は,近畿運輸局長が平成7年7月24日付で奈良地区のタクシー運賃の引上げの認可をしたことをきっかけとするカイナラ労組の会社に対する賃金改善等の要求運動の中で,カイナラ労組が平成8年4月8日,同月9日,同月15日の三度にわたり敢行したピケッティングを含むストライキ(以下「本件スト」という。)について,これをカイナラ労組,E,Fらが共同して実行した違法なストライキであり,また,Gは本件ストの実行段階において弁護士として現場に立ち会い,会社からの制止要請を無視して本件ストを積極的,能動的に加功助長したうえ,自らも違法行為の主体者となって会社のタクシー運送業務を妨害したとして,会社がカイナラ労組,E,F,Gらに対し,民法709条,719条による共同不法行為責任に基づき,会社のタクシーの出庫が不能となったことによる損害及び信用失墜等による慰謝料,弁護士費用の賠償を求めた事案である。

(乙事件)

本件乙事件は,<1>本件ストの前後にわたり,カイナラ労組からの団交要求に対し,会社が不誠実な団交態度に終始したこと,<2>会社が本件スト後Eを自宅待機にし,平成8年5月7日付でEを懲戒解雇に,H,Iを各7日間の出勤停止処分にしたこと,<3>同日会社は本件ストについてE,H,Iを被告訴人として威力業務妨害罪にあたるとして奈良警察署長宛に刑事告訴を行い,また,同日,Eについて,Nに対する暴行,脅迫の罪で同人をして同署長宛に刑事告訴をさせたこと,<4>平成9年3月8日付でIに対し3日間の出勤停止処分行(ママ)ったこと,<5>会社はカイナラ労組を破壊し或いはその活動を妨害するため,別組合を結成させたこと,<6>B及びDらはカイナラ労組の組合員に対し,直接脱退工作を行ったこと,以上の会社の各行為はカイナラ労組に対する強度の不当労働行為であり,かつ,E,H,Iらに対し,著しい精神的損害を与えたものとして,カイナラ労組,E,H,Iから会社に対しては不法行為に基づき,また,B,C,Dに対しては商法266条の3に基づき慰謝料及び弁護士費用の賠償を求めた事案である。

(丙事件)

本件丙事件は,カイナラ労組,E,Fらが共謀のうえ,<1>平成8年5月中旬ころ,奈良地方裁判所裁判官宛の解雇無効の命令を求める要請書を,<2>同月9日ころ,同日付カイナラ新聞を,<3>同年11月15日ころ,同日付自交合同しんぶんを,それぞれ奈良市内の不特定多数人に対し大量に頒布したが,それらの記載は,会社の名誉,信用を著しく毀損する虚偽の内容であるとして,不法行為に基づき,カイナラ労組,E,Fらに対し,慰謝料及び弁護士費用の賠償を求めている事案である。

一 争いのない事実

1(一) 会社は,平成8年6月6日現在で,資本金1000万円,タクシー65台,運転手102名を擁する一般乗用旅客事業等を営む株式会社であり,奈良市<以下略>所在の本社営業所のほか,同市<以下略>所在の西ノ京営業所,奈良県天理市<以下略>所在の天理営業所を有している。

(二) B及びCは,会社の代表取締役,Dは取締役である。

2(一) カイナラ労組は,会社に雇用されているタクシー運転手らにより組織された労働組合であり,執行委員長1名,副執行委員長1名,書記長1名及び執行委員4名からなる執行委員会を擁し,平成6年9月14日,奈良県自動車交通労働組合(通称自交総連奈良地方本部。以下「自交総連奈良地本」という。)にオブザーバー加盟した。

(二) 会社には,平成7年4月に,カイナラ労組とは別に,会社との協調路線をとる大和交通労働組合(以下「別組合」という。)が結成され,両組合員の各構成員の人数は,平成8年6月当時,カイナラ労組約55名,別組合約48名であった。

(三) Eは,平成4年6月1日,会社にタクシー乗務員として入社し,平成6年9月14日,カイナラ労組の代表機関である執行委員長に,Hは副執行委員長に,Iは書記長にそれぞれ選出された。

(四) Fは,カイナラ労組がオブザーバー加盟している自交総連奈良地本の執行委員長である。

(五) Gは,奈良弁護士会に所属する弁護士であり,自交総連奈良地本の顧問弁護士である。

3 平成7年7月24日,近畿運輸局長によってタクシー運賃の値上げが認可され,これを受け,カイナラ労組と会社との間で団体交渉が重ねられたが合意に達せず,カイナラ労組は,平成8年4月8日午前6時から午後1時38分まで,同月9日午前5時15分から午前9時12分まで,同月15日午前5時5分から午後0時40分までの3回にわたって,本件ストを実行した。

4 同月15日の本件ストの直後,CはEに対し,自宅待機を指示した。

5 同月19日,カイナラ労組は,会社の営業車を使用して奈良市内においてタクシーパレードを行った(以下「本件タクシーパレード」という。)。

6 会社は,同年5月7日付けで,本件ストや本件タクシーパレードが違法であるなどとして,Eを懲戒解雇処分に(以下「本件懲戒解雇」という。),H及びIをそれぞれ7日間の出勤停止処分にした。

7 平成9年2月20日,Iが会社の営業車を使用し,大阪市内で行われたタクシー・トラック・観光バスパレードに参加した。

8 会社は,同年3月8日付けで,Iが右パレードに参加したことを理由として,同人を3日間の出勤停止処分にした。

二 本案前の争点

1 甲事件についてのカイナラ労組,E,F,Gらの主張

本件甲事件訴訟は,不法行為に基づく損害賠償請求に籍(ママ)口して,訴えの提起そのものによって被告組合の組合員に不安と動揺を与え,組合員と被告ら間の分断を図ろうとした不当労働行為に該当する。特に被告Gに対する請求は,正当な弁護士活動に対する悪質な妨害である。したがって,訴権の濫用に該当し,原告会社の請求は訴えの利益を欠き,却下すべきである。

2 乙事件についての会社,B,C,Dらの本案前の主張

本件乙事件訴訟は,既に継続している甲事件の迅速な訴訟進行を阻止し,ストライキの違法性を隠蔽するために提起されたもので,会社等の名誉,信用を侵害する不法行為であり訴権の濫用に該当する。よって,本件請求は訴えの利益を欠き,却下すべきである。

三 本案の争点

(甲事件)

1 本件ストの違法性

2 Eの責任

3 Fの責任

4 Gの責任

5 1による会社の損害

(乙事件)

6 会社による不当労働行為の成否

7 会社等の責任

8 6によるカイナラ労組等の損害

(丙事件)

9 カイナラ労組等による名誉毀損行為の成否

10 9による会社の損害

四 争点に対する当事者の主張<略>

第三争点に対する判断

一  判断の大要

当裁判所の判断の大要は,次のとおりである。

1  本案前の争点について

甲事件,乙事件ともに訴権の濫用とは認められない。

2  本案の争点について

(一) 争点1について

本件ピケは違法である。

(二) 争点2について

Eは本件ピケによって受けた会社の損害を賠償する責任がある。

(三) 争点3について

Fに責任はない。

(四) 争点4について

Gに責任はない。

(五) 争点5について

本件ピケによって受けた会社の損害は,ストに参加したカイナラ労組以外の会社従業員のうち,本件ピケによって就労が不能となったことによる営業損,弁護士費用である。

(六) 争点6について

会社の不当労働行為が成立する。

(七) 争点7について

会社の,カイナラ労組及びEへの不法行為責任が認められるが,H及びIへの不法行為責任はなく,B,C,Dらの個人責任は認められない。

(八) 争点8について

カイナラ労組及びEについての損害は,慰謝料及び弁護士費用である。

(九) 争点9について

カイナラ労組等による会社に対する名誉毀損は成立しない。

(一〇) 争点10について

会社に損害はない。

二  争点に対し当裁判所の認定した前提事実

前示争いのない事実及び証拠(<証拠略>)によれば,以下の事実が認められる。

1  会社と労働組合との関係

会社は昭和26年6月15日に設立されたものであるが,昭和53年10月に組合が結成されたものの,結成後間もなく事実上消滅し,同年11月7日ころ,会社にカイナラ労組が結成され,大多数の会社運転手が組合員となった。カイナラ労組は,会社と協調的な関係にあったが,平成6年9月14日の大会で,Eが執行委員長に選出され,同時に自交総連奈良地本へのオブザーバー加盟が決議された。右大会後,カイナラ労組は会社と協調的な関係ではなくなった(<証拠略>)。

他方,平成7年4月30日,会社の労働組合として別組合が結成され,別組合は会社と労使協調路線をとっている(<証拠略>)。

2  平成7年7月の運賃改定認可後の団体交渉等の経緯

(一) 平成7年7月24日,近畿運輸局長は,奈良県地区事業者から申請があったタクシー運賃の7.3パーセントの引き上げを認可した。この認可にあたり,奈良県タクシー協会に対し,「労働時間の短縮を含む労働条件の改善を図り,良質な労働力の確保につとめること,(1)運転者の労働実態及び賃金水準等の実情を踏まえた今回運賃改定の申請の趣旨にのっとり,労働時間の短縮を速やかに実施するとともに,運賃改定による増収を乗務員の賃金改善に確実に充当すること。また,運賃改定には,労働時間短縮の原資が含まれているので,時短を実施することにより乗務員の賃金を下げることのないようにすること。(2)この場合に労働省告示,労働省労働基準局長通達の趣旨に基づき,運転者の労働時間等の改善について,関係機関の指導を受けつつ積極的に取り組むこと。」などの措置をとるよう要請した(<証拠略>)。

(二) カイナラ労組は,右近畿運輸局長のタクシー運賃引き上げの認可を受けて,会社に対し,平成7年8月4日,賃金制度等改善要望書を提出した(<証拠略>)。

会社は,カイナラ労組からの各団体交渉申し入れに応じて,同年9月9日,同年10月7日,同月30日に団体交渉を実施した。会社は,当初,運賃改定後3か月程度実績を見たい旨述べて具体的な回答を控えていたが,同年11月13日の団体交渉において,(1)勤務日数を23日にする,(2)基本給日額を現行の4500円から4700円に増額する,(3)歩合給の足切額は不変とするという回答をした(<証拠略>)。

これに対し,カイナラ労組は,同月14日,同規模の同種事業者であるAタクシーとの賃金格差を考慮して,(1)所定労働日数を23日とし,(2)初任基本給日額を5000円に増額し,(3)歩合給の足切額を8.2パーセント程度引き下げる(本社・中型・AT車の場合,現行の29万5500円から27万1200円に減額する)ことを求める要求書を提出した(<証拠略>)。

カイナラ労組の申し入れにより,同年11月29日に団体交渉が行われたが,会社は同月13日と同様の回答をするにとどまった(<証拠略>)。

カイナラ労組は,同月30日,会社を相手取り,タクシー運賃改定に伴う,労働時間短縮及び賃金改善全般を調整事項とし,平成6年2月改訂の労働協約40条に基づく「斡旋申請」である旨記載し,奈良県地方労働委員会(以下「地労委」という。)に斡旋を申請した。これに対し,会社は,12月4日付けで,地労委に対して,今後とも誠意をもって団体交渉等の話合いで解決していく所存である旨の上申書を提出し,斡旋を辞退した(<証拠略>)。

会社は,カイナラ労組の前記同年11月14日付け要求書に関する件について団体交渉を開催する旨の通知をした上,同年12月25日に開催された団体交渉において,(1)歩合給支給の基準となる足切額を不変とする,(2)月所定労働日24日を1日休日増で23日の所定労働日とする,(3)基本給日額4500円を250円引き上げ4750円とする,(4)年功手当平均日額200円を10円引き上げ平均日額210円とする,(5)通勤手当の日額を10円引き上げて,市内通勤者は日額190円に,市外通勤者は日額200円とする,(6)AT車乗務員の歩合給算出の負担額を撤廃する,(7)無事故手当8000円,皆勤手当8000円の支給条件を月24日を1日減じて月23日とする,と回答した(以下12月25日付け回答」という。)。右回答について,カイナラ労組は,持ち帰り検討するとして,妥結,調印には至らなかった。なお,会社は,12月25日付け回答が最終回答であり,これを上回る回答をする意思は全くなかった(<証拠略>)。

一方,会社は,翌日である同月26日,別組合に対し,12月25日付け回答と同一内容の改定案を提示した。別組合はそれまで具体的な要求を掲げていなかったが,右回答を受け入れたため,会社は同組合との間で右回答に沿った内容の労働協約を締結した(<証拠略>)。

カイナラ労組は,同月30日付で,会社に対し,会社の12月25日付け回答の更なる上積みを要求し,団体交渉を申し入れるとともに,会社が別組合と先行的に協定妥結をした点につき抗議した(<証拠略>)。

会社は,右の申しれ(ママ)を受けて開催した平成8年1月6日の団体交渉で,12月25日付け回答と同内容の説明を繰り返した上,これに基づき賃金を1月度から仮払いすることを表明し,カイナラ労組の要求については,引き続き誠意をもって話し合いに応じていく旨述べた(<証拠略>)。

これに対し,カイナラ労組は,平成8年1月9日付け通知書で,会社の前記賃金仮払いの提案に応じる旨通知した(<証拠略>)。

その後,同月17日,同年2月10日,同月24日に団体交渉が行われた。これらの団体交渉において,会社は,12月25日付け回答は最大限の誠意ある回答であり,1運賃1賃金の原則から,次期運賃改定まで非常に情勢が変わらない限り仮払いしている賃金に上積みすることはできない旨述べた。カイナラ労組からは,会社に対し,賃率に関する資料の提出を求めたが,会社は資料の提出を拒んだ(<証拠略>)。

3(一)  同年3月9日,運賃値上げの認可条件である運転手の労働条件の改善を実現することを目的として,カイナラ労組を含む奈良市内の4社5組合のタクシー運転手約150名で奈良市タクシードライバー共闘会議(以下「共闘会議」という。)が結成された。その議長にはEが就任した(<証拠略>)。

(二)  共闘会議は,奈良陸運支局に対して,同月21日から同月22日まで,及び同月26日から同月28日までの二次にわたり,奈良陸運支局の構内にテントを張るなどして,同支局の行政責任を追及する(タクシー事業者に運賃値上げの認可条件を守らせる)抗議の座り込みなどを実施した。同月28日午後,同月27日付け奈良陸運支局輸送課長名義の「労働条件改善に係る業界指導方針」と題する書面が共闘会議に対して交付された(<証拠略>)。

右書面には,(1)運賃改定に伴う労働条件改善に係る業界指導にあたっては,当画,会社,Aタクシー株式会社,Bタクシー株式会社の出頭を求め,実情について聴取する,(2)聴取の際には,次の2点について再度徹底指導を行うこととする,<1>増収に関係なく時短を実施すること,その場合,賃金を下げることのないよう行うこと,<2>増収分は,確実に賃金改善に充当することが記載されていた。

(三)  同月28日,奈良陸運支局の坪倉課長は,Bを同支局に呼び出し,会社の運賃改定に伴う労働条件改善について事情聴取を行った(<証拠略>)。

(四)  その間の同月12日,カイナラ労組は,賃金の抜本的改善を求める春闘要求書を提出した。これを受けて,同月27日,団体交渉が開催されたが,会社は,カイナラ労組の要求する経営資料等の具体的客観的根拠を示すことなく従前どおりの回答を繰り返した(<証拠略>)。

(五)  カイナラ労組は,会社に対し,平成8年3月31日付けで,平成8年4月3日午前11時以降の適当な時期に,団体行動を開始する旨通告し,併せて,争議突入を前提とした団体交渉開催について応諾する用意のあることを表明するとともに,地労委の斡旋を応諾することを強く要求した。会社は,団体交渉を開催しようとせず,また,地労委の斡旋を応諾しようとする態度も示さなかった(<証拠略>)。

4  カイナラ労組は,平成7年9月26日の定期総会でスト権を確立していたが,平成8年4月7日の執行委員会において,会社の営業に対する影響が少ない,カイナラ労組の組合員の比率の高い勤務日である翌8日にストを決行することを決定し,FがGに立会を依頼した。カイナラ労組執行委員の役員は労働組合運動の経験が浅く,ストライキについては経験がないため,経験豊富なFの助言に基づき戦略を立てた。当時カイナラ労組は自交総連奈良地本へのオブザーバー加盟であったため,自交総連奈良地本はカイナラ労組に対して助言できる関係にあるにすぎず,指導命令できる関係にはなかった。Fは,カイナラ労組執行委員らに対し,暴力やスクラムを組むこと,座り込みは絶対に避けること,出庫しようとする労働者の説得に努めること,営業者の出庫のみを止めること,出てくる車の前に立って説得をすることなどのアドバイスをした(<証拠略>)。

会社は,前記のとおりストの通告を受けたが,ストに伴って不可避的に発生する営業妨害に対処する措置を講じようとはせず,ストの証拠を保全するためのビデオ,カメラや,立入禁止のプラカードあるいは拡声器等を準備したに過ぎなかった(会社代表者B)。

5  会社の賃金水準

カイナラ労組らは,会社と同規模のAタクシーとの比較において,会社の賃金水準に格差がある旨主張しているが,会社の賃金水準がAタクシーと比較して,許容しがたいほど異常に低いとの事実を認めるに足りる的確な証拠はない。しかしながら,平成6年の奈良県地区のタクシー運転手と男子常用労働者の平均年収,労働時間を比較すると,タクシー運転手の平均年収は344万8000円,労働時間は年間2340時間であるのに対し,一般男子常用労働者の平均年収は562万7500円,労働時間は年間1915時間であり,タクシー運転手は,一般男子常用労働者に比して,年間425時間長時間の労働に従事しながら,年間収入は約218万円少ない(<証拠略>)。

6  本件ストの状況及びスト前後の経緯等

(一) 平成8年4月8日のスト等

(1) 同日のストは,午前6時から午後1時38分まで,本社車庫において,カイナラ労組の組合員39名及び部外者12名が参加して行われた。カイナラ労組の依頼により,Fは開始から午前11時まで参加した。Gも,Fからの依頼により,途中午前10時30分から午前11時45分ころまで一たん右現場を離れたものの,最後までストに立ち会った。本社車庫は,出入口が交通量の多い県道に面しているため,安全を期する必要から,タクシーの入出庫は1台ずつ行うことになっている(<証拠略>)。

会社従業員で別組合に所属するN(以下「N」という。)は,同日午前7時9分ころ出社後,午前7時20分ころ,午前8時に予約が入っているので予約先のホテルに向かうよう会社から指示され,タクシーに乗車して出庫しようとしたが,ストに参加していたカイナラ労組組合員から車庫出入口付近で止められた。Nは,「予約があるから出してくれ。」などと言って出庫を試みたが,数名がN車の前方に佇立してその出庫を阻止したため本社車庫からの出庫を断念し,午前8時40分ころから天理営業所において業務に従事することになった。右予約については,会社は,他の運転手に対応させた(<証拠略>)。

カイナラ労組は即時の団体交渉の開催を求めたが,会社は,午後5時から団体交渉に応じる旨述べ,合意に達しなかった(会社代表者B)。

N運転手の他,O運転手,D,P課長,Q課長らがタクシーに乗車し出庫を試みたが,Nと同様に出庫を阻止され,結局,タクシーの出庫を断念した。

カイナラ労組組員(ママ)らは,出庫しようとして車庫出入口付近まで進行したタクシーの先頭車の前に,運転席に背を向けて立ちはだかったり,しゃがみこんだり,寄りかかったりし,午前11時40分ころには,長椅子を持ち出して数名が腰掛けるなどして,タクシーの出庫を妨げた(<証拠略>)。

他方,会社側は,「予約がある。邪魔したらあかん。」,「営業妨害したらあかん。」などと発言し,「出庫を妨害するな」と記載されたプラカードを掲げて出庫の意思を表明するとともに,ストが違法である証拠を収集するため,ビデオカメラ等で現場の状況を撮影した。

Fは,現場において,自ら車庫内に入り出庫しようとする車の前方に立ちはだかったり,Bからの抗議に対して反論するなどした(<証拠略>)。

Gは,本社車庫入口付近で現場の状況をメモにとったり,カイナラ労組の依頼を受け,本社車庫前において,本件ストを支援する内容の演説を2回にわたり行ったりした。途中,Bからの抗議を受け,これに対して反論することもあった。また,午前7時30分ころには,車庫入口付近に立っていたカイナラ労組組合員らに対し,車庫内に入るよう促す様子も見られた(<証拠略>)。

結局,同日午前6時ころから午後1時38分までの間,本社車庫からのタクシーの出庫は全く不可能であった。これにより,本社車庫のタクシー5台の出庫が妨害された(<証拠・人証略>)。

(2) なお,4月8日のスト中に,カイナラ労組組員(ママ)が,近鉄奈良駅前及びJR奈良駅前においてタクシー業務をしていた別組合組合員を脅迫してタクシー乗務を断念させたとする点については,仮にかかる事実が認められるとしても,これらについてのEの関与を裏付ける証拠は存しない。

(3) 同日,スト終了後,カイナラ労組執行部及びFと会社との間で団体交渉が行われた。Bは,団体交渉の冒頭で,同日のストに立ち会ったF及びGらの責任を追及する旨述べるとともに,12月25日付け回答の上積みはできないと回答した。会社とのやり取りは主としてFが行った(<証拠略>)。

(4) 右団体交渉後,カイナラ労組執行部は,翌9日に再度ストを決行することを決定し,Fは,Gに連絡して立会を要請した(<証拠略>)。

(二) 平成8年4月9日のスト等

(1) 同日のストは,午前5時15分から午前9時12分まで,西ノ京営業所車庫において,被告組合組合員39名,外部支援者6名が参加して行われた。Fは終始現場に臨み,Gも午前6時15分から最後まで立ち会った(<証拠略>)。

カイナラ労組組合員らは,会社に対して,「あほ」,「ぼけ」,「詐欺師」,「盗人」などという不穏当な発言をしたほか,Bが拡声器で退去を求めて発言したのに対応して,その耳元で「公約を守りなさい。」と大声で発言した。

西ノ京営業所車庫は,タクシーを2列縦隊で出庫することになっている。会社は,別組合組合員らに対して,タクシーに乗車し出庫するよう業務命令を出し,これに応じて,別組合所属のR運転手及びS運転手を先頭に総勢10名の運転手がタクシーに乗車し,出庫しようとしたが,カイナラ労組組合員らは,車庫出入口付近まで進行してきたタクシーの前に,運転席に背を向けて立ちはだかったり,数分間にわたり座り込むなどした。

会社の指示に従い,タクシーに乗車した別組合組合員らが一斉に警笛を鳴らすなどしたが,カイナラ労組員及び外部支援者らは,先頭車の前に立ちふさがるのを続けた。また,会社は,カイナラ労組員らに対し,拡声器で,タクシーを出庫させるので危ないので車庫内から退去せよ,タクシーの進路をあけろと何度も警告したが,カイナラ労組員らは,タクシーの前から退かなかった。

Fは,会社敷地内に進入し,会社から違法ピケ,建造物侵入,不退去を即時中止するよう警告を受けた。

Gは,電車の線路に接する西ノ京営業所敷地境界付近において現場の状況をメモしていた。なお,同所は,会社の車両の出入りには支障のないと思われる位置である。また,2回にわたって演説を行ったほか,Bから,会社敷地内からの退去を求められたのに対し,これを拒否するなどした。

なお,カイナラ労組は,病院への通院患者のために組合員の中から担当者を決めて自家用車で輸送している。

同日午前9時12分,F,E及びIの話し合いによりストの解除が決定され,Fがスト解除を宣言した(<証拠略>)。

結局,同日午前5時15分から午前9時12分までの間,西ノ京車庫のタクシー10台の出庫が妨害された(<証拠略>)。

(2) 会社は,同月11日付け警告書をもって,E,F,Gに対し,違法ピケを行わないよう再度警告した(<証拠略>)。

(3) カイナラ労組執行委員会は,同月14日,会社に対して経済的打撃を与えるため,翌15日に全事業所を対象とするストを行うことを決定した。予めGにはその旨の連絡が入っていた(<証拠略>)。

(三) 平成8年4月15日のスト等

(1) 同日のストは,午前5時5分から午後0時40分まで行われ,本社車庫において,カイナラ労組組合員28名,外部支援者20余名,西ノ京営業所車庫において,カイナラ労組組合員9名,外部支援者約16名,天理営業所車庫において,カイナラ労組組合員5名がそれぞれ参加した。Eは,本社車庫と西ノ京営業所車庫を往復して,自ら先頭に立って率先して実行した。また,Iは西ノ京営業所車庫においてHは天理営業所車庫において,それぞれ中心となって実行した。

自交総連及びカイナラ労組は,同日のストの際,「動員いただいた方へ」と題する書面(<証拠略>)を準備し,同日のストに参加した外部支援者に配布した。同書面3頁中に,「お願い」として,「会社の出方に対し,厳しく抗議していただきたいと思いますが,暴力に訴えたりすることはストの目的に逆行することはいうまでもありません。」と記載されていた。

会社は別組合組合員らに対して,タクシーに乗車し,出庫するよう業務命令を出し,これに応じ,本社車庫では,別組合所属のT運転手らがタクシーに乗車し,出庫を試み,西ノ京営業所車庫では,U,R運転手らがタクシーに乗車し,出庫を試みた。会社の指示に従い,タクシーに乗車した運転手が一斉に警笛を鳴らしたりした。

これに対し,カイナラ労組組合員らは,本社車庫において,出庫しようとして車庫出入口付近まで進行してきたタクシーの前に佇立したり,会社に対して「あほ」,「ぼけ」などと発言したり,Cの耳元で大声を張り上げたり,大阪地連からの支援者であるV,Wらは,タクシー前に数分間座り込んだり,車庫出入口付近にござを敷いて昼食を取ったり寝ころんだりした。また,西ノ京営業所車庫では,出入口付近まで進行してきたタクシーの前に佇立したり,座り込むなどして,出庫を妨害した。

さらに,会社は,カイナラ労組員らに対し,拡声器あるいはプラカードで,タクシーを出庫させるので危ないから車庫内から退去せよ,タクシーの進路をあけろと何度も警告したが,カイナラ労組員らはタクシー前から退かなかった。

なお,病院への通院患者のために,カイナラ労組は組合員の中から担当者を決めて自家用車で輸送している。

Fは本社車庫において本件ストに立ち会った。会社敷地内に進入したこともあったが,現場において,カイナラ労組組員(ママ)らに対して,直接指示をしたりすることはなかった。また,Gは,西ノ京において,途中一度現場を離れたほか,午後12時20分まで本件ストに立ち会い,線路に面した会社敷地内付近に立ち,現場の状況をテープに録音するなどしていた。Gは会社や別組合の労働者から抗議文を読み上げられることもあった(<証拠略>)。

結局,同日午前5時5分から午後0時40分までの間,本社車庫及び西の(ママ)京営業所車庫のタクシー合計30台の出庫が妨害された(<証拠略>)。

(2) 会社は,ストの解除通告後,Eに対し,自宅待機を指示した(<証拠略>)。

(四) 会社は,平成8年5月7日,奈良警察署に,違法な本件ストを企画,指導,実行したことなどを理由に,E,H及びIを威力業務妨害罪等で刑事告訴した。

これらに対し,奈良地方検察庁は,平成10年3月30日,Eらを起訴猶予処分に付した(<証拠略>)。

7  本件タクシーパレードについて

(一) 共闘会議は,奈良陸運支局に対して,タクシー運賃改定に伴う労働条件の改善について業者への指導を要請するため,比較的利用者の少ない時間帯に本件タクシーパレードを実施することとした。

平成8年4月19日午後4時10分ころから同日午後4時50分ころまで,会社のタクシー10台,Aタクシー12台,Bタクシー1台の合計23台,その他宣伝カー等4台で,使用者の許可なく,タクシーの後部窓に「賃下げなしの時短,認可条件守れ」,「社会的公約守り賃金改善せよ」等のスローガンを記載した横断幕(大きさは,タクシーの後部窓全面を覆い隠し,更に左右にはみ出している。)をテープで貼り付け,奈良陸運支局までの奈良市内の目抜き道路を走行する本件タクシーパレードを行った。

(二) カイナラ労組は,執行委員会の決議を経て,会社のタクシー10台で本件タクシーパレードに参加した。カイナラ労組組合員は,自宅待機中のEやHを含めて合計12名が参加した(なお,Iは本件タクシーパレードには直接には参加していない。)。右パレードの際,すべてのメーターを作動させ,走行距離・時間に相応するタクシー料金3万5470円を会社に納金した(<証拠略>)。

8  Nに対する暴行等について

(一) 平成8年4月21日午前1時40分ころ,本社車庫出入口付近において,タクシーの営業を終えて入庫しようと戻ってきたNが,出入口内側付近に停車していたHの自動車が入庫の妨げとなったことから警笛を鳴らしたところ,同人がこれに立腹し,タクシー運転席に座っていたNに駆け寄って文句を言ったことを契機として両者が口論となったが,その後のNに対するEの暴行等についてのNの供述は次のとおりである。

警笛を聞いて駆け寄ってきたHから,「お前を2時間待っていたんや。」などと言われ,それに対して「あんたにそんなこと言われる筋合いはない。」と言い返し,同人と口論となった。Hは,閉まった状態の運転席のドアの窓の下縁に両肘をつき,その際,運転席の窓は全開していた。その時,事務所の方から,Eが「われ何ぬかしとるんや。」,「スト破りしやがって。」とわめきながら走ってきた。タクシーのそばへ来ると,いきなり先ほどの姿勢のHの頭越し又は肩越しに,自分のネクタイの結び目の下をつかみ,右真横の上方に3,4回引っ張った。これにより,右側頭部を3,4回運転席の窓枠にぶつけた。Eの力がちょっとゆるんだ時に,Eの左後ろからEの妻らが来て,同女がEの左手に両手ですがるようにして止めたが,Eは「われ黙っておけ。」と言って,同女の手を払い,再度自分のネクタイを2,3回引っ張って,「われは元盗人,わしは元暴力団や,なめたらただでおかんぞ。」と言った。これにより,額部を2,3回運転席の窓枠にぶつけた。自分が「痛い,痛い,暴力はやめんかい,話したらすむことやろう。」と大声で言うと,Eはネクタイから手を離した。Eは,ネクタイをつかんでから離すまでの6,7分間,ずっとネクタイを握り,強く引いたままの状態だった。また,Hは右暴行の際終始同じ姿勢でいたが,Hと接触することはなかった。

右暴行を受けている間,右手はハンドルを握り,左手は110番をしようと携帯電話を探していた。Eの手を払いのけようとしたり抵抗したりすることはなかった(<証拠略>)。

(二) これに対し,Eの供述は次のとおりである。

NとHが大声で言い合いをしていたので行ってみると,Nの乗車するタクシーの運転席ドアは開いており,ドアと車体との間に入ってしゃがみ込んだ。Hは運転席ドアの外側に立っており,Nは,運転席から片足を地面に付けて降車しようとしていた。同人が,Hのことを指して「あんな奴に偉そうなこと言われることない。」と言ったため,「俺のつれに,あんな奴とはなんや。」,「あんたは偉そうに言われてもしゃあない,元盗っ人のくせに。」と言い返したり,「俺も昔は遊んどった。」とも言い,若干の口論になった。しかし,妻が止め入って口論は終わり,Nに対して暴行を加えたことはない(<証拠略>)。

(三) 以上のとおり,N及びEの各供述は,それぞれを裏付ける第三者の供述を含め,全く対立している。以下その信用性を検討するに,まず,本件事件後の平成10年2月13日,E及びIが,真相を確かめようとP課長に対して本件について尋ねた際のやりとり(<証拠略>)によれば,E自身,当時Nに対して相当立腹し興奮した状態にあったことを認めており,そうすると,Eが主張するような比較的おだやかな状況にあったとするのは不自然である。

一方,Nの供述にも,不自然,不合理な点が多い。Nは,Eからネクタイを引っ張られて側頭部等を数回窓枠に打ちつけられたのに,全く抵抗ないし防御しようとしなかったというが,その状況に照らしおよそ考え難い。また,Nは,運転席ドアの窓の下縁に両肘をついたHの頭越し又は肩越しにEが右手を伸ばしてネクタイを5回から7回引っ張り,しかもその間,Hはそのままの状態であったと述べるが,ドア窓の大きさからして,このようなHの状態自体が不自然であるし,その状態でHとの接触なしに側頭部や額部を窓枠に数回ぶつけたというのも不自然である。加えて,Nは,本件後,無線室にいたQ課長らに本件について何ら訴えていないし,同人らから本件について何ら尋ねられてもいない。

(四) 告訴等の経緯

また,右のとおり,会社の無線室には当日当直であったQ課長とP課長がいたが,NはEとのトラブルを届けることはせず,同月23日,たまたま出会ったTにEとのトラブルを話したところ,Tから助言を受け,同日,会社に電話で本件を報告した。翌24日,会社の事情聴取を受け,会社のすすめにより,奈良警察署に被害届を提出し,同年5月7日,Eを暴行,脅迫罪で刑事告訴した。このように,右告訴に至る経緯には不自然なものがあることは否めないところ,結局,同事件は起訴猶予となった(<証拠略>)。

(五) 以上の諸点を総合して判断すれば,当時EがNに対して相当立腹しており,同人に対して威嚇する言動をとったことは認められるものの,Nの供述は,Eにネクタイを引っ張られ数回にわたってタクシーの窓枠に側頭部をぶつけたとのその主要な部分において首肯できず,全体として信用性が低いと言わざるを得ず,結局,本件については,せいぜい,NとHの言い争いを聞いて駆けつけたEが,Nに対して,「われは元盗人,わしは元暴力団や,なめたらただでおかんぞ。」などと暴言を吐き,そのネクタイをつかんだとの限度での事実を認定できるに過ぎない。

9  本件各懲戒処分

(一) 会社は,平成8年5月7日,E,H,Iの3名にいずれも弁明の機会を与えることなく,Eを懲戒解雇処分に,H,I両名をそれぞれ7日間の出勤停止処分とすることを通告した(<証拠略>)。

(二) Eの懲戒解雇処分の理由は,<1>本件各ストを企画,決定,指導又は自ら実行し,<2>本件タクシーパレードを企画,決定,指導し,<3>平成8年4月21日午前1時40分ころ,本社車庫出入り口付近において待ち伏せをし,入庫しようとした会社従業員Nに対し,同人を脅迫し,同人のネクタイを左手で引っ張り続け,同人の額部をタクシー窓枠に何度もぶつける暴行を行ったことが就業規則の懲戒解雇事由に該当するというもの(就業規則72条4号,74条1号,6号,9号,12号,13号)であった。

また,H及びIの出勤停止処分の理由は,それぞれが組合の副執行委員長又は書記長として前記<1>本件ストを企画,決定,指導又は自ら実行し,<2>本件タクシーパレードを企画,決定,指導したことが,就業規則の懲戒事由に該当するというもの(就業規則72条3号,73条1号,9号,74条1号,13号)であった(<証拠略>)。

10  Iに対する懲戒処分

Iは,平成9年2月20日午前8時40分から午後2時30分まで,会社の許可なく,会社所有のタクシーの左右ドアに,「タクシーの規制緩和反対」,「消費税5%中止せよ」,「医療保険の改悪反対」の文字の書かれた縦横40センチメートルのステッカーを貼りつけ,左ドアピラーに「総対話 共同ひろば くらしと権利の確立 九七春闘」の文字の入った横40センチメートル,縦150センチメートルの旗を紐でくくりつけるなどして,大阪市内で実施されたタクシー・トラック・観光バスパレードに参加した。パレード終了後,Iは該当するタクシー料金を会社に納入した。

会社は,同年3月8日付けで,Iに対して,右パレードに参加したことが就業規則72条3号,74条1号,4号,6号,11号ないし13号に該当するとして,3日間の出勤停止処分に処するとの通告をした(<証拠略>)。

11  就業規則

就業規則(<証拠略>)の内容は,以下のとおりである。

72条 懲戒は,譴責,減給,出勤停止及び懲戒解雇の4種とする。

3号 出勤停止・・・14日以内出勤を停止し,その間の賃金を支給しない。

4号 懲戒解雇・・・予告期間を設けないで即時解雇する。この場合,行政官庁の認定を得たときは予告手当を支給しない。

73条 従業員が次の各号の1に該当するときは,出勤停止または減給に処する。ただし,情状によっては譴責に止めることがある。

1号 第3章に規定する服務規律(ただし,第22条(4)(5)(6)(7)(8)(9)(11)(12)(14)(17)(20)(21)号を除く)に違反したとき

9号 その他,前各号に準ずる行為があったとき

74条 従業員が,次の各号の1に該当するときは,懲戒解雇に処する。ただし,情状によっては出勤停止に止めることがある。

1号 第22条(4)(5)(6)(7)(8)(9)(11)(12)(14)(17)(20)(21)号の規定に違反したとき

4号 会社の物品を無断で持ち出し,または持ち出そうとしたことが明らかなとき

6号 故意または重大な過失によって会社に損害を与えたとき

9号 刑罰法令に該当する行為をする等,従業員として不適当と認めたとき

11号 懲戒が2回以上におよび,なお改悛の見込みのないとき

12号 前条各号の1に該当し,その情の重いとき

13号 その他,前各号に準ずる行為があったとき

22条 従業員は,次の各号の事項を厳正に守らなければならない。

4号 就業時間中は職務に専念し,みだりに勤務の場所を離れないこと。

5号 会社の信用と名誉を傷つける行為をしてはならない。

8号 就業時間中に,組合活動,示威行為,集会その他会社の業務に関係のない事由による活動は行うことが出来ない。ただし,会社の許可を受けた場合はこの限りでない。

17号 許可なく,職務以外の目的で会社の施設,車両,機械,器具,工作物,物品等を私用し,又は社外に持ち出さないこと。

12  労働協約

(一) 効力について

(1) 会社保管の平成6年2月18日から平成9年2月17日までを有効期間とする労働協約書(<証拠略>)は,その表紙に「平成6年2月改訂」と記載され,製本までされているが,これには,両当事者の署名又は記名押印がなく,カイナラ労組においても,署名又は記名押印がなされた右労働協約書を現に保管していない。

(2) Bは,会社は平成5年12月ころから解雇に関する協議事項を削除して改訂することを申し入れて,当時のカイナラ労組のX委員長と交渉していたが,平成6年1月ころ,カイナラ労組の現在の執行部に批判的な者がおり,X委員長も交代予定である旨述べたことから,会社は労働協約の更新はしないことを申し入れて,X委員長も合意した旨述べる(<証拠略>)。しかし,一方で,Bは,平成8年2月24日の団体交渉時に,労働協約は生きている旨発言したり,斡旋調停に関する労働協約の規定が存在することを前提として地労委の斡旋を辞退した理由を述べるなどしていた(<証拠略>)。

(3) 昭和53年11月13日に成立し,昭和56年11月12日及び昭和59年8月31日に順次更新された労働協約書(<証拠略>)では,更新の毎に約3年間の有効期間が定められて,その末尾には,会社代表取締役とカイナラ労組委員長の署名押印がなされている。ところが,平成3年2月18日に一部改訂された労働協約書(<証拠略>)では,単に「協定改定 平成3年2月18日」とあるのみで,改定後の有効期間につき規定がないが,その末尾には,会社代表取締役とカイナラ労組委員長の記名押印がなされている。

(4) 平成3年2月18日改定の労働協約の解約に関して書面は作成されていない。

(5) 労働組合法は,労働協約の効力の発生(14条),労働協約の期間(15条)について,次のとおり定めている。

14条 労働協約は,書面に作成し,両当事者が署名し,又は記名押印することによってその効力を生ずる。

15条3項 有効期間の定めがない労働協約は,当事者の一方が署名し,又は記名押印した文書によって相手方に予告して,解約することができる。一定の期間を定める労働協約であって,その期間の経過後も期限を定めず効力を存続する旨の定めがあるものについて,その期間の経過後も同様とする。

同条4項 前項の予告は,解約しようとする日の少なくとも90日前にしなければならない。

(6) 本件において,平成6年2月18日付けで労働協約書のとおり改定された内容での労働協約の締結が合意されている可能性はあるが,右(5)の労働組合法の規定に照らし,右労働協約が成立したとまでは認めがたいが,以上からすれば,平成3年2月18日改定の労働協約(<証拠略>)は,有効期間の定めのない労働協約であることが認められ,これについて,当事者の一方が署名し又は記名押印した文書によって相手方に予告して解約する手続きをとっていることを窺わせる証拠はない以上,右労働協約が現に有効に存続していると解するのが相当である。

(二) 平和条項,道義条項について

現に効力を有しているとみるべき労働協約書(<証拠略>)の39条1項は,「『甲』『乙』間に労働争議が生じ,労使協議会及び団体交渉により,解決ができない場合に『甲』又は『乙』,もしくは『甲』『乙』双方の申請による,労働関係調整法の斡旋調停の手続きを踏まなければならない。」,同条2項は,「前項斡旋調停不成立の場合は『甲』又は『乙』が争議行為を行う時は72時間以前に文書を以って『甲』及び『乙』に通知する。(以下省略)」と規定している。同規定は,労使間の紛争の平和的な解決を目的として争議行為の開始前に一定の手続を踏むべきことを定めたいわゆる平和条項と解される。また,同45条は,「『甲』と『乙』の間に争議が生じた時,事業の公共性に鑑み,労使協議会,団体交渉,及び公の機関等を通じ,双方誠意をもって解決に努力する。」と規定しており,これは,労使間に争議が生じたときの双方の心構えを説いた道義条項である。

これらの規定を併せて考えれば,本件におけるようは,タクシー運賃改定に伴う労働時間短縮及び賃金改善問題について労使間で紛争が生じ,そのためカイナラ労組が地労委に斡旋申請をし,会社に対してその応諾を強く求めている場合には,会社は,地労委の斡旋の席に着くべきことが求められていると言うべきであり,これを辞退し,応諾しようとする態度を示さなかった会社は,この点で非難を受けてもやむを得ない。

(三) 解雇協議条項について

(1) 労働協約書の19条は「組合員の休職,解雇の取扱いは『甲』と『乙』が協議して決める。」と規定し,同20条は「『甲』は業務の都合上『乙』の組合員を解雇しようとする時は『甲』又は『乙』と協議決定する。」と規定している。

(2) 同19条が,カイナラ労組員の解雇の一般的基準,手続の設定,改正にのみカイナラ労組の関与を認め,個々の解雇についてまでカイナラ労組との協議を要する趣旨のものではなく,また,同20条も,諸々の会社の都合のうち会社の業務の改廃などに伴うその職種の不要などの業務上の都合による解雇の場合についての規定であり懲戒解雇の場合を含まないとしても,懲戒処分が有効とされるためには,手続的に公正であることが要求されており,就業規則あるいは協約上,懲戒処分に関して何ら手続的規定がない場合であっても,対象者に弁明の機会を与えることは最小限必要な手続であると言うべきである。ことに,労働者とっては懲戒処分の中でも極刑ともいうべき懲戒解雇については,なおさらのことと言わねばならない。したがって,このような手続的要件に反する懲戒処分は,ささいな手続上の瑕疵があるにすぎないとされるものでないかぎりは,懲戒権の濫用として無効となると解すべきである。

13  会社とカイナラ労組等の訴訟等

(一) Eが会社を相手方として,奈良地方裁判所に対し本件懲戒解雇の無効を理由とする地位保全等の仮処分を求めたのに対し,平成8年9月27日,雇用規約上の権利を有する地位にあることを仮に定める決定がなされた(<証拠略>)。

(二) Eが会社に対して同様の理由による地位確認等の訴訟を提起したのに対し,平成10年8月26日,これを認める判決がなされた(<証拠略>)。

(三) 平成11年6月29日,控訴審は,本件懲戒解雇は有効であるとして,(二)の原判決を取り消し,Eの請求を棄却した(<証拠略>)。

(四) 平成9年10月6日にされた(一)に対する異議事件において,抗告審は,本件懲戒解雇は有効であるとして,原決定を取り消し,Eの申立を却下した(<証拠略>)。

(五) 奈良県地方労働委員会は,平成10年12月28日,Eに対する本件懲戒解雇処分の撤回等を会社に命じた(<証拠略>)。

14  カイナラ労組らの会社批判

カイナラ労組らが本件の紛争に関し,会社を批判するカイナラ新聞等の各文書を広く頒布したこと及び頒布した各文書の内容は,概ね,前記第二事案の概要の三「本案の争点(争点に関する当事者の主張)の9の(会社の主張)中に記載のとおりである(<証拠略>)。

三  争点に対する当裁判所の判断

1  本案前の争点について

前記認定の事実関係からすれば,後記のとおり,本件ピケは違法であり,かつE,F,Gは本件ストに関わっていたものであるから,会社はカイナラ労組及びEに対して不法行為責任を追求(ママ)でき,F,Gに対する請求も本案に入るまでもないほどに全く根拠のないものとまでは言うことはできず,他方,会社は不誠実団交やEに対する無効な懲戒解雇をしたことにより,カイナラ労組及びEに対して不法行為責任を負うものであること等を勘案すれば,甲事件及び乙事件ともに訴権の濫用とまでは認められない。

2  本案の争点について

(一) 争点1について(本件ストの違法性)

(1) ストライキは必然的に企業の業務の正常な運営を阻害するものであるが,その本質は,労働者が労働契約上負担する労務供給義務の不履行にあり,その手段方法は,労働者が団結してその持つ労働力を使用者に利用させないことにあり,したがって,ストライキの過程で不法に使用者側の自由意思を抑圧し,あるいはその財産に対する支配を阻止するような行為をすることは許されず,これをもって正当な争議行為と解することはできない。また,使用者は,ストライキ期間中であっても,業務の遂行を停止しなければならないものではなく,操業を継続するために必要とする対抗措置をとることができる。そうして,右の理は,別組合または非組合員等により操業を継続して,ストライキの実効性を失わせることが容易であると考えられるタクシー等の運行を業とする企業の場合であっても,基本的には異なるものではない。したがって,労働者側が,ストライキの期間中,別組合員または非組合員等による営業用自動車による運行を阻止するために,平和的説得活動の範囲を超えて,当該自動車等を労働者側の排他的占有下に置いてしまうことなどの行為をすることは許されず,右のような自動車運行阻止の行為を正当な争議行為とすることはできない。

(2) これを本件についてみるに,前示のとおり,カイナラ労組は外部支援労組員らと共に,会社がタクシーを稼働させるのを阻止することを目的として,平成8年4月8日は本社,同月9日は西ノ京営業所,同月15日は本社,西ノ京営業所の各車庫において,ストの時間中,会社の別組合の運転手や管理職等がタクシーを出庫しようとするのに対し,その前方に佇立したり,しゃがみ込んだり,寄りかかるなどし,結局のところ実力でタクシーの出庫を阻止したもので,このため会社は3日間にわたる本件ストにより,合計19時間10分間,延べ45台のタクシーの出庫ができなかったものである。これらの行為は,後記のとおり,会社の不誠実団交や地労委への斡旋辞退という会社の不当な対応を斟酌するとしても,本件ピケが違法であると評価せざるを得ない。

(二) 争点2について(Eの責任)

本件ピケは違法であり,Eはカイナラ労組の執行委員長として,本件ピケを企画,決定,実行した最高責任者であって,会社に対しその損害を賠償する責任を免れない。

(三) 争点3について(Fの責任)

Fが,本件ストの敢行や本件ピケの態様等につき少なからず影響を与え,自らも本件ストやピケに参加したことはF本人も認めているところである。しかしながら,カイナラ労組は独立した企業内組合であって,本件スト及び本件ピケを敢行することを最終的に決定したのはカイナラ労組の執行委員会であり,Fは,自交総連奈良地本にオブザーバー加盟しているに過ぎないカイナラ労組に対して指揮命令できる立場にない上,これまでストライキの経験のないカイナラ労組に求められて,本件ストや本件ピケについて助言したり,自ら参加するなどしているに過ぎず,Fが本件ストやピケをカイナラ労組に教唆したり,これを積極的に助長したと認めるに足りる証拠はない。もっとも,Fは,平成8年4月8日の初日には,会社管理職に自ら抗議をするなど,かなり積極的に本件ストに参加していたが,現場においてカイナラ労組の組合員らに具体的な指示を与えたりはしていないし,残り2日間はピケとは一定の距離を置いているものである。そうすると,本件ストが敢行されたことにつき,Fが少なからず影響を与えているとはいえ,本件ストに伴って発生した本件ピケにつき,会社に対し不法行為責任を負うものとまで認めることはできない。

(四) 争点4について(Gの責任)

前示のとおり,Gは3回にわたる本件ストに立ち会ったものであるが,弁護士として本件ストに立ち会うこと自体で,事実上組合員らが精神的に鼓舞されたであろうことは想像に難くない。また,平成8年4月8日のストでは組合員に車庫内に入るよう指示している様子も認められ,タクシーの出庫に影響を与える位置ではなかったものの,会社敷地内に進入したことも事実である。

しかしながら,Gによって詳細なメモ(<証拠略>)が作成されているように,Gの本件ストとの関わり合いは,自交総連奈良地本の顧問弁護士としてFから依頼され,カイナラ労組に対するストライキに際しての前記精神的鼓舞を担うとともに,主として客観的にストライキの状況を観察していたというべきで,本件ピケに自ら参加していると認めることは困難である。前示のとおり,Gはスト当日,合計4回にわたり演説をしたのであるが,右演説の内容も,ストライキを支援しているに過ぎず,本件ピケを教唆,あるいは積極的に助長しているとは窺われるものではない。また,会社の敷地内に進入した行為も,現場の状況を観察する態様に止まり,ストライキに立ち会う弁護士としては,不法行為を構成するほどの違法性があるとも言えず,会社役員とのやりとりも,相手方から一方的に抗議してくるのに対して反論しているだけで,交渉となっておらず,カイナラ労組から会社との賃金改善の問題やストの解除等についての交渉依頼があったとも,また現場において組合員らに対してピケ等に関し具体的な指示を出したとも,いずれもそのような事実を認めるに足りる証拠はない。

そうすると,Gが本件ピケに関し,会社に対し不法行為責任を負うものとまで認めることはできない。

(五) 争点5について(会社の損害)

(1) 本件のようにストライキの実効性を高めるためなされたピケが違法であるとしても,本件ストは,平和条項等に違反し,あるいは同情スト,政治ストといった,ストライキを敢行すること自体が違法という意味での違法なストライキではなく,本来運賃改定に端を発した労働条件の改善を目的とした団交を重ねる中,ストライキ権を行使したものであって,ストライキの過程において,違法なピケが実行された事案である。したがって,本件ストに参加したカイナラ労組の組合員は,ピケの適法,違法にかかわらずストライキ権によって労働契約上の労働力提供義務は免れているものであるから,民事上の債務不履行による賠償責任がなく(労働組合法8条),本件ピケが違法であることによる損害賠償の範囲は,本件ピケによって出庫を妨げられたカイナラ労組組合員以外の者が就労できなかったことによる会社の損害にとどまるものである。

(2) 会社は,本件ストにより,主位的主張として,本件スト前3か月間の同一曜日の1日あたりの平均運輸収入を算出し,右平均運輸収入から,本件ストが行われた3日間の各運輸収入を控除して運輸収入の損害額を算出して合計した結果,これを137万2412円と算定し,さらに,運輸局が公表している奈良県下のタクシー収支実績及び推定による燃料油脂費として運輸収入の4%を控除し,結局右損害額の合計金額137万2412円のうち,その96パーセントである131万7516円が,違法ストにより原告が蒙った財産的損害となるとしている。

しかしながら,財産的損害として実額を請求する以上,会社全体としての平均運輸収入を基礎にするのは確実性に問題があり,他方,控除すべき費目も推定による燃料油脂費だけであって運転者人件費や修繕費等も控除の対象となるべきであり,会社の右請求は根拠不十分と言わねばならない。財産的損害に関する会社の主位的主張は理由がない。

(3) 予備的主張について検討するに,(証拠・人証略)によれば,本件スト前3か月の各同一曜日につき,各不就労タクシー運転手の料金合計額を当該料金合計額に要した勤務時間で除して1時間あたりの平均運輸収入(時間単位運収)を算出し,これに各運転手の時間単位運収に各運転手の不就労時間を乗じることにより各運転手ごとの喪失運輸収入を算出したうえ,各喪失運輸収入を合計して喪失運輸収入合計を算出すると,125万8333円となる。右喪失運輸収入合計から,車輌を稼働させなかったことにより支払いを免れる経費として,原告の平成7年度旅客自動車運送事業営業報告書に基づき,運転者人件費として63.5%,燃料油脂費として5.1%,修繕費として2.2%を控除すると36万7435円となるところ,右各証拠によれば,右のうち,本件ピケによって就労を妨げられたカイナラ労組以外の運転手が得られたであろう会社の運輸収入は,16万0043円と認められる。

(4) 慰謝料について

本件ピケにより,会社が無線配車を拒否せざるを得なかったとしても,それはカイナラ労組の本件違法なピケに起因するものであって,会社に責任があるものではなく,これにより会社自体が多大な信用失墜をきたされたとまで認めることはできない。

(5) 弁護士費用

弁護士費用としては金2万円が相当である。

(六) 争点6について(会社の不当労働行為)

(1) 不誠実団交

前示のとおり,会社は平成7年12月26日にいち早く別組合と協定を結び,その後の度重なる団体交渉においてもカイナラ労組からの要求にもかかわらず,具体的な資料を提供することはせず,12月25日付け回答を繰り返すのみであったことは不誠実団交と評価されてもやむを得ない会社の対応であり,他方,地労委の斡旋に応じないのは明らかに労働協約(<証拠略>)違反である(Bの団交での発言内容や地労委への対応からすると,会社が地労委の斡旋に応じないのは,協約に反していることを当時認識していたと窺われる。)。会社の行為は労働組合法7条2号に該当する不当労働行為と認められる。

(2) 各懲戒処分

<1> Eに対する懲戒解雇処分について

ア 本件ピケが違法であり,Eが会社に対し民事上の賠償責任を負うことは前記のとおりである。

イ 本件タクシーパレードはたとえカイナラ労組が実車料金を支払ったとはいえ,会社の営業用財産を会社の業務と無関係に使用し,会社の施設管理権を侵害し,かつ就業時間中の職務専念義務に違反し,組合活動をしたものと言わざるをえない。

ウ EがNに対して取った行為,すなわち平成8年4月21日の衝突は,前記のとおり,EがNに対し暴言を吐きネクタイをつかんだ事実が認められる。

以上の事実は,会社の就業規則22条4号,5号,8号,17号に違反し,就業規則74条の懲戒解雇事由を一応は備えているものとは言える。

しかしながら,前述のとおり,懲戒解雇は懲戒処分の中でも,労働者を企業の外に放逐する最終的な処分であるから,その適用にあたっては,当該労働者を懲戒解雇しなければならない程度の重大な企業秩序に違反する行為があった場合に限るよう,慎重に検討しなければならないところ,本件ピケが違法であることは事実であるが,その程度はピケにあたり平和的説得を超えたというものであり,暴力行為を伴うものではなく,また,近鉄奈良駅前やJR奈良駅前での別組合員に対する業務妨害についてEが指示したと認めることができないことは前述のとおりであり,また本件ピケによる会社の財産的損害も前記のとおり16万0043円以上の損害を与えたとは認められないこと,本件タクシーパレードも会社に実害を与えていないこと,Nとの衝突も前記のとおり,偶発的な喧嘩にとどまっていることに加え,(証拠略)によれば,平成7年7月ころ,勤務中にYという運転手が,ほか2名の女性運転手と一緒に,入社間もなくの女性運転手を呼びだし暴力を振るったという事件が発生したが,この際は右Yには何らの処分がなされなかったこと,本件ピケに執行部として参加し,また本件タクシーパレードにも関与したH及びIらへの懲戒処分が出勤停止7日間に止まっていること等の事情に照らせば,Eに対する本件懲戒解雇処分は実体的にも相当性を欠いていると言わざるをえない。

さらに,右懲戒解雇処分にあたって,会社はEに対し,事前に弁明の機会を一切与えなかったことは前記のとおりである。

以上の検討によれば,会社のEに対する本件懲戒解雇処分は,会社の懲戒権の行使にあたっての企業秩序維持という必要性を十分考慮に入れるとしても,実体的にも手続的にも違法と評価せざるを得ず,無効というほかはない。

そうすると,カイナラ労組の執行委員長であるEに対する無効な懲戒解雇処分は,本件ピケや本件タクシーパレードとは離れた,Eのカイナラ労組の組合活動一般を対象としてEに対する会社の差別的取扱いであると同時にカイナラ労組の組合運動に対する介入を意図したものと推認されるところであって,右事実は労働組合法7条1号の労働組合員に対する差別的取扱いを禁止した規定及び同条3号の組合に対する支配介入の禁止に違反する不当労働行為に該当すると言わねばならない。

<2> H,Iに対する処分

本件ピケ及び本件タクシーパレードはいずれも違法であることは前述のとおりであり,確かにH及びIに対する懲戒解雇(ママ)処分については本人に弁明の機会を与えていないことは,Eに対するのと同様,手続的に瑕疵があることは否定できないが,本件ピケ及び本件タクシーパレードの規模,態様,処分の内容等の事情に照らし,H及びIに対する懲戒解雇(ママ)処分が不当労働行為に該当し無効とまで言うことはできない。

(3) 会社等による刑事告訴

会社は,平成8年5月7日,本件ストライキについて,E,H,Iを被告訴人として威力業務妨害による刑事告訴を行い,同日,Nに前記EとNとの口論についてEを被告訴人として暴行脅迫罪による刑事告訴をさせているが,右各告訴にかかる事実は,いずれも外形的には各構成要件に該当している疑いがあったもので,(不起訴処分理由も嫌疑なしではなく起訴猶予である。),右各告訴が,警備警察の労使紛争に対する介入を期待し,もって労働組合の弱体化,壊滅を企図したものとまで認めることはできない。

(4) 平成9年3月8日付Iに対する出勤停止処分

Iが平成9年2月20日の大阪市内でのタクシー・トラック・観光バスによるパレードに参加したことは,たとえ利用した会社営業車の走行距離や時間に相応するタクシー料金は会社に納金され,ステッカーがパレード終了後に取り外され,営業車に損傷はないとしても,会社就業規則22条17号に該当し,就業規則74条の懲戒事由に該当することは明らかである。したがって,Iに対する出勤停止処分は,本人の弁明の機会を与えなかったという手続的瑕疵があったとしても,処分の程度からして,違法とまでは言えず,不当労働行為を構成するものではない。

(5) 別組合結成への関与

別組合が結成された時期や別組合の会社との協調的関係は前示のとおりであって,会社が別組合の結成に関与したのではないかとの疑問が生ずるのは自然であるが,会社が組合を破壊しあるいはその活動を妨害するため,Dを通じてTを委員長として別組合を結成させたとも,また,会社が別組合を通じて,組合の活動を妨害してきたと断定できるまでの証拠はない。

(6) B,C,Dらによる組合脱退工作

B,C,Dらが,カイナラ労組の組合員らに対して直接組合脱退工作を行っていることを裏付ける客観的証拠はない。

(七) 争点7について(会社等の責任)

(1) 会社の責任

前示のとおり会社は不誠実団交を行い,Eを懲戒解雇処分にしたのであるが,右は不当労働行為として違法であり,会社はカイナラ労組及びEに対する損害賠償責任を免れない。

(2) B,C,Dらの責任

本件不誠実団交や本件ピケを契機としたEに対する懲戒解雇処分を中心になって実行したのはBであるが(<証拠略>),これは,会社の対カイナラ労組との労使関係に関する会社としての基本的方針から適法なものとの認識の下に行われたものと考えられ,いまだBはもとより,C,Dらの商法266条の3の個人責任を認めるための「悪意又は重過失」があったとまで認めることはできない。

(八) 争点8について(組合及びEの損害)

(1) 会社のカイナラ労組に対する右(七)の(1)の不法行為による慰謝料としては50万円が相当であり,弁護士費用としては5万円が相当である。

(2) 会社のEに対する右(七)の(1)の不法行為による慰謝料としては30万円が相当であり,弁護士費用としては3万円が相当である。

(九) 争点9について(名誉毀損)

前示のとおり,カイナラ労組が会社を批判する文書として,(1)平成8年5月9日付けカイナラ新聞を発行し広く頒布したこと,(2)カイナラ労組は,平成8年5月中旬ころ,奈良地方裁判所裁判官宛の要請書を作成し広く頒布したこと,(3)自交総連は,平成8年11月15日付自交合同しんぶんを作成し広く頒布したこと,そうしてそれぞれの記載内容は,前記のとおり,会社の主張に沿うものである。しかしながら,右各文書の内容は誇張され,過激な表現になってはいるが,いずれも一見して対立している労使間における労働組合側の作成文書であり,読み手側としてはその記載内容を真実と捉えることはなく,当然,労働組合側の主張としてとらえるにすぎないと考えられる。したがって,右各文書が会社の名誉を毀損する事態は,想定できず,右各文書の頒布が会社の名誉を毀損する不法行為を構成すると認めることはできない。

第四結論

一  甲事件について

会社の請求は,カイナラ労組及びEに対し,金18万0043円及びこれに対する最後の本件ピケが行われた平成8年4月15日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり,その余の請求及びF,Gに対する請求は全て理由がない。

二  乙事件について

1  カイナラ労組の請求は,会社に対し,金55万円及びこれに対する不法行為後である訴状送達の日の翌日である平成9年8月7日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり,その余の請求及びB,C,Dに対する請求は全て理由がない。

2  Eの請求は,会社に対し,金33万円及びこれに対する不法行為後である訴状送達の日の翌日である平成9年8月7日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり,その余の請求及びB,C,Dに対する請求は全て理由がない。

3  H及びIの請求は全て理由がない。

三  丙事件について

会社の請求は全て理由がない。

(裁判長裁判官 永井ユタカ 裁判官 川谷道郎 裁判官 品川しのぶ)

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